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千葉地方裁判所 平成5年(ワ)700号 判決 1994年10月27日

原告

熊谷季太郎

被告

光菅剛

主文

一  被告は、原告に対し、金七四一万二〇二〇円及び内金六七四万二〇二〇円に対する平成四年四月二二日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、二一三四万三八三九円及び内金一八五五万九八六〇円に対する平成四年四月二二日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実及び原告の請求内容

1  平成三年四月二一日午前一一時四五分頃、市川市若宮三丁目八番四号先交差点で、原告が運転していた原動機付自転車(以下、原告車両という。)と被告が運転していた普通乗用自動車(以下、被告車両という。)が衝突する事故(以下、本件事故という。)が発生した。

2(一)  原告は、本件事故により、全身打撲・挫創、左足大腿骨頚部・幹部骨折、左下腿骨骨折、左手第一指末節骨・中指骨折等の傷害を負い、平成三年四月二一日から同年六月八日まで船橋整形外科病院に入院し、同年六月一一日から少なくとも平成四年四月二一日までの間(実治療日数一一〇日)通院した。この間の平成三年四月二三日に左足大腿骨固定術及び左手親指骨接合術、同年五月一日に左下腿骨接合術の各手術がなされた。

(二)  原告には、平成四年四月二一日に症状が固定した後遺障害が残つた。

3  被告は、本件事故当時、自賠法三条所定の被告車両の運行供用者であつた。

4  本件事故により原告が要した医療関係費(治療費、通院交通費及び諸雑費)のうち一五〇万二三八四円について、被告の加入する保険から同額の給付がなされている。

5  本件訴訟は、原告が、本件事故により後記のように損害を被り、前記填補額を控除してもなお後記のとおり二一三四万三八三九円の損害があると主張して、被告に対し、自賠法三条に基づき、右損害の賠償を請求している事案である(付帯請求は、弁護士費用を除く損害について前記後遺障害固定日の翌日から支払いずみまで民法所定の遅延損害金の支払いを請求するものである。)。

二  争点

原告の損害の有無、数額及び過失相殺の当否、程度が本件の争点である。

第三争点に対する判断

一  本件事故の状況

証拠(甲四ないし六、乙一ないし三、原・被告各本人)によれば、次の事実を認めることができる。

1  本件交差点の状況は、おおむね別紙「交通事故現場見取図」に表示のとおりであり、交通整理は行われていない。右交差点付近には右図面表示のように保育園があるため、右図面表示のように、道路標示により徐行すべきことが指定されている。また、本件交差点には右図面表示のように植木が植えられている。そのため、東西に通ずる幅員約五・一メートルの道路(以下、広い道路という。)を東から交差点に進入しようとする車両と、南北に通ずる幅員約三・一メートル(交差点を過ぎた南側では幅員約三・四メートルになる。)の道路(以下、狭い道路という。)を北から交差点に進入しようとする車両との間では、互いに見通しが妨げられている。

2  被告(昭和四六年七月一二日生れ)は、時速約四〇キロメートルの速度で広い道路を東から走行して来たが、交差する狭い道路を北方から交差点に進入してくる車両があることを予測しなかつたため、漫然と右の速度かそれより幾分遅い速度のままで本件交差点を直進しようとした。そして、被告は、前記図面表示<2>点あたりまで来たところで、原告車両が<ア>点あたりにあり北から南に直進して来るのに気付いた。そこで、被告は、衝突の危険を感じて直ちに急ブレーキをかけたが間に合わず、<×>点あたりで被告車両の前部を原告車両の左側面に衝突させた。そして、原告は<イ>点あたりに転倒し、被告車両は<4>点あたりで停止したが、原告車両は<ウ>点あたりまで滑走して止まつた。

3  原告(明治四二年三月二一日生れ)は、狭い道を原告車両を運転して本件交差点に差し掛かり、北から南に直進しようとした。そして、原告は、交差点手前付近で一時停止したものの、前記のように左側の見通しが悪いため、停止した所からは左方の安全を確認することができなかつた。そこで、原告は、左側を見ながら交差点に進入したところ、被告車両が左方から進行してくることに気付いたが、そのまま行けば被告車両の前を通り過ぎることができ衝突の危険はないものと誤つて判断し、時速一〇キロメートル程度の速度で漫然と直進を続け、衝突回避の操作をしなかつた。そして、前記のように被告車両と衝突した。

二  双方の過失及びその割合

本件交差点は、被告から見て右方の見通しが悪かつたのであるし、道路標示により徐行すべき場所に指定されていたのであるから、これらのこととそのほかの本件交差点の前記状況によると、被告としては、右方からの直進車の有無動向に注意しできる限り安全な速度と方法で進行する注意義務があつたということができる。ところが、前記認定によれば、被告は、右方からの車両との出会い頭の衝突の危険があることに思い及ばず漫然と時速四〇キロメートル程度の速度で進行した結果前記のように被告車両を原告車両に衝突させたということができるから、被告には、この点で過失がある。

他方、前記認定によれば、原告は、狭い道路から広い道路との交差点に出て直進するに際し、左方の見通しが悪かつたのであるから、左方からの直進車の有無動向に特に注意しできる限り安全な速度と方法で進行するとともに、左方からの車両があることを発見したときにはこれとの衝突の危険の有無を的確に判断して衝突事故を避ける操作をする注意義務があつたということができる。ところが、前記認定によれば、原告は、交差点の手前で一時停止したものの停止場所が適切でなかつたため左方の安全を確認することができず、そのまま左方を見つつも時速一〇キロメートル程度の速度で走行を続け、被告車両を発見してからも衝突の危険はないものと誤つて判断し衝突回避の操作を全くすることなくそのまま進行を続けたのであるから、原告にも不注意があつたというべきである。そして、双方の過失割合は、原告四割に対し被告六割と認めるのが相当である。

三  原告の後遺障害の程度

1  証拠(甲二、六、七、八の一・二、一〇、一一、原告本人)によると、次の事実を認定することができる。

(一) 左下腿骨及び左大腿骨の骨折部分は金属プレートで固定されているが、原告の年齢に照してプレートを除去することは相当でない。後遺障害の内容は主として左下肢関節の機能障害及び左手指関節の機能障害であるが、右下肢にも股間節に若干の機能障害があり、左下肢には筋力低下もある。

(二) 左下肢の機能障害の程度は、関節可動域(自動)をみると、股関節が屈曲六〇度(正常可動範囲は一二五度程度であり、その四八パーセントになる。)、外転一〇度(同四五度程度で、その二二パーセントになる。)、外旋一〇度(同四五度程度でその二二パーセントになる。)、内旋一〇度(同四五度程度でその二二パーセントになる。)、膝関節が屈曲六〇度(健側である右は一一〇度でその五五パーセントになる。)、伸展一五度(健側は五度で、それより一〇度足りない。)、足関節が底屈二〇度(健側は三〇度でその六六パーセントになる。)、背屈〇度(健側は一〇度)である。

(三) 右股関節の可動域は、右認定の順序で見ると、順次一二〇度、二五度、二〇度、一〇度であり、左股関節と比較すると軽症である。

(四) 左手母指関節の機能障害の程度は、MP屈曲が三〇度(健側は六〇度でその五〇パーセントになる。)、IP屈曲が四〇度(健側は五〇度でその八〇パーセントになる。)である。

(五) 左下肢の機能障害のため歩行障害があり、右手で杖を用いて歩くことはできるが、左足に体重をかけると痛みがあり、また筋力低下もあるので、長距離は歩行できない。正座することはできない。

(六) なお、原告は、これらの後遺障害について、平成五年三月千葉県により身体障害者等級表による級別四級の身体障害者に認定されている。

2  右認定によれば、原告の左下肢の三大関節には、個々に見るといずれも自賠法施行令別表に定める後遺障害等級一〇級一一号に該当する程度の障害があるが、三大関節のいずれにも右の程度の障害があるのであるから、これを総合すると、左下肢にはおおむね同八級程度の障害に比肩すべき障害があると認めるのが相当である(労災関係の労基局長通達昭和五〇年九月三〇日基発五六五号第二10(3)ロのc参照)。そして、原告には、このほかに、いずれも右八級程度には至らない左母指関節の機能障害及び右股関節の機能障害があるから、以上を総合すると、前記後遺障害はおおむね七級程度(自賠法施行令二条一項二のニ参照)に該当すると認めるのが相当である。

四  原告の損害

1  医療関係費

(一) 入院雑費(原告の主張額は五万八八〇〇円)

原告は、前記のとおり四九日間入院治療を受けたものであるが、この間一日あたり一二〇〇円の割合による合計五万八八〇〇円の入院雑費を要したものと認めるのが相当である。

(二) 付添費用(原告の主張額は、入院分二二万〇五〇〇円、通院分三〇万円)

証拠(甲一二、一三、原告本人)によれば、前記四九日間の入院中原告の妻が毎日前記病院に赴き原告の世話をし、また、前記一一〇日の通院にも原告の妻が付き添う必要があつたから毎回付き添つたことを認めることができるところ、原告が老齢であること及び原告の傷害が前記のとおり相当重いものであつたことに照すと、右の付添いの費用として、入院中の一日あたり四五〇〇円の割合による二二万〇五〇〇円、通院中の一日あたり二〇〇〇円の割合による二二万円の合計四四万〇五〇〇円は、本件事故と相当因果関係のある損害にあたると認めるのが相当である。

(三) なお、このほかの医療関係費として一五〇万二三八四円を要したが、これが既に填補されていることは当事者間に争いがない。

2  逸失利益(原告の主張額は一九六万〇五六〇円)

証拠(原告本人)によれば、原告は前記のとおり本件事故当時八二歳であつたが、高齢者のための職業紹介組織に入り主として植木や盆栽の手入れの仕事をして一か月六万円ほどの収入を得ていたところ、本件事故による前記傷害及びこれに続く後遺障害のためこの仕事をすることができなくなつたことを認めることができる。そうすると、原告には、後遺障害固定までの約一年間に七二万円の休業損害があり、また、その後一年間程度は同様の得べかりし収入を喪失したと認めるのが相当である。そして、本件で請求されている遅延損害金の始期との関係で右の後者につき前記後遺障害固定時における現価を算出すると、右現価は六八万五六五六円になる(七二万円×〇・九五二三)から、以上の逸失利益の合計は一四〇万五六五六円になる。

3  過失相殺

右1(一)の五万八八〇〇円、同(二)の四四万〇五〇〇円に同(三)の一五〇万二三八四円を加え(本件のように原告の被つた損害について過失相殺がなされるべき場合には、既に填補されている損害を加えて全損害額を算出しこれに過失相殺をした上で填補額を控除することが必要になるから、ここで(三)の損害をも加える必要がある。)、これに更に2の一四〇万五六五六円を加えると合計三四〇万七三四〇円になるところ、前記の理由で過失相殺としてその四割を減額すると、残額は二〇四万四四〇四円になる。

4  慰謝料(原告の主張額は、入院分七三万円、通院分一二九万円、後遺障害分一四〇〇万円)

過失相殺事由を含む前記認定事実によれば、入・通院分の慰謝料は一一〇万円、後遺障害分の慰謝料は五一〇万円の合計六二〇万円とするのが相当であると認めることができる。

5  損害の填補

右3及び4の損害は合計八二四万四四〇四円であるところ、これから当事者間に争いのない填補額一五〇万二三八四円を控除すると、残額は六七四万二〇二〇円になる。

6  弁護士費用(原告の主張額は二七八万三九七九円)

原告が本件に要した弁護士費用中、六七万円は、本件事故と相当因果関係のある損害にあたると認めるのが相当である。

7  まとめ

右5の六七四万二〇二〇円に6の六七万円を加えると、合計七四一万二〇二〇円になる。

五  結論

以上によれば、原告の請求は、右損害七四一万二〇二〇円及びそのうち弁護士費用を除く内金六七四万二〇二〇円に対する本件事故後の平成四年四月二二日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余は理由がない。よつて、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤英継)

交通事故現場見取図

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